肉じゃが

 職場のAさんのお母さんが昨年亡くなった。
 Aさんは私の隣の席に座っており、今年55歳になる。現在、独身です。
 
 昨年の12月にAさんと私とあと2名の職場の人達で競馬場に競馬をやりに行くという計画を3ヶ月前から立てていた。


 2日前になりAさんは


「今度の競馬の話だけど行けなくなっちゃったよ。福岡から姉が上京してくるんだよ」
と言ってきた。


「そうですか、残念ですね」
と答えた。

 暮れも押し迫った頃、別の女性社員Bさんが私に話しかけてきた。


「Aさん、2週間前の日曜日、夕方の6時頃、Xデパートの入口のライオンのところでキョロキョロしながら待ち合わせだったみたいよ」


「そうですか」


「私も気になったのでそれとなく見ていたら、20代くらいの女の人とどこかへ歩いていったの」


「そうですか」

 はて、2週間前の日曜日は、私達と競馬場に行く約束をしていた日ではなかったっけ。Aさんの家には福岡からお姉さんが来ていたはずだが。

「Aさん、2週間前の夕方の6時頃、Xデパートのライオンのところで待ち合わせだったんですか」


「Xデパートって何だよ、そんなデパートあったっけ」


「あるじゃないですか、Xデパートのライオンは有名ですよ」


「知らないなあ、そんなデパートあったっけ」


「Bさんが言ってましたよ。Aさんを2週間前の夕方6時頃、Xデパートの入口で見かけて、しばらくしたら、20代の女の人が来て、一緒に街の中へ歩いて行ったって」


「あーあの時か、思い出した。飲み屋の子が肉じゃが作ってきてくれたんでもらう約束だったんだよ」


「肉じゃがですかあ、たいてい、手料理っていうのは肉じゃがとか、いもの煮っころがしですね」


「いやあ、いい子なんだよ」


「何歳なんですか」


「24かな」


「そんなに若いんですか、この前Y店でAさんのことバイドクーって呼んでいた(もちろん梅毒のこと)あの子ですか」


「あーあの子じゃないんだよ、同じ中国人だけどね、ハルピンから来てるんだよ」


「昔の満州ですか」


「そうそう、いい子なんだよ、普通の日本人の女の子と全然違うんだよ。家庭的でやさしくてね。毎日電話してるんだよ」


「携帯電話も持っていないのに、毎日電話してるんですか」


「そう、何だか、心が安らぐっていうか、今度は違うような気がするんだよ」


「今度も同じじゃないですか」


「いや、今度は違うんだよ。今年か来年くらい結婚するかもしれないよ俺も」


「結婚ですか」 


「そう、結婚」


唇をぎゅっと結んでAさんは言いました。

 Aさんはあと少しで退職金が手に入る。

 退職金とられないように気をつけたほうがいいですよと言おうと思ったがやめた。

 歳の差31歳の恋愛が一方通行で終わるのか、紆余曲折を経て成就するのか今後の展開はわからない。

 

 ただ周囲の女性陣の意見は


「無理に決まってるでしょ。Aさんのお金目当てに決まってる。だいたい20代の女の人が50代の男の人を好きになるわけないって、ほかに若い人いっぱいいるのに」


 男性陣の意見は


「高い肉じゃがにつきそうだな」
といったものだ。

「今度は違う、今度は違う」

 

ということを繰り返して50代半ばになったAさんが


「な、今度は違っただろ」


と言う日はくるのだろうか。

そして、パチンコ・競馬・飲み屋で散財しながら


「仕事ばっかりやってちゃだめだよ。人生って本当は楽しいものなんだよ」


と普段からうそぶいてる彼の人生哲学を手本として示す日はくるのだろうか。